■散骨について・・・その3



2006年07月01日(Sat)
■散骨について・・・その3
今日が最後となります・・小畠宏充さん(石文化研究所・所長)が書かれている冊子から、続きを紹介したいと思います

お墓とは

お墓は、人が亡くなって「魄」というたましいの宿る白骨を大自然のふるさと「大地」へ帰す大事な役割を果たしているのです

そしてお盆には、墓前の灯明から「魄」を移し、精霊棚の位牌前の「魂」の灯明と一つにすることで、ご先祖様は無事我が家へ帰ってくることができるのです

もしも散骨してお墓がない時は、ご先祖様の「魂」は相手の「魄」がなくて一つになれず、我が家へ帰ることができません 「魂」はきっと悲しげに、独りで我が家の回りをウロウロさまよっていることでしょう

以上が、小畠さんの書かれた冊子の中の抜粋です 散骨の題名から、お墓の意味に移ってしまったようにも思いますが、私個人としましては、全部散骨にしないでお墓もつくってあげたらどうかな・・・と思います

世界の中では、色んな埋葬の仕方がありますが、それは宗教に法ってだったりその地域の風習だったりと、お国柄があります イギリスなんかがその散骨で特に規定がない所のようです 公園や庭にまくとか・・・

日本では、常識と節度の範囲を言われていますが、公共施設や住宅地域などでそんな行為は認められないですね この狭い日本でお墓だらけも困りますが、さいたまや東京では、公園式のロッカー形式の墓地や樹木式の墓地が出てきています

墓地はお寺になければ・・・の時代ではなくなってきています でも結局これも、満杯になってきたら・・・どうするんでしょうね 何処の国だったか、死後12年間はお墓を作り土葬あるいは火葬で埋葬し、後は掘り起こして整地をし、その骨はまとめて何処かで処分され、次の人が新しく使いお墓も建てるとか・・・

そう思うと、最後の終の棲家を考えてしまいます 火葬はその固体を一番小さくできることは確かです そして、最後に やはり壷やロッカーではなく大地(土)に帰してあげたいですね 

そこに生きてきた人たちの証のシンボルとでも言いますか、象形があったほうが、歴史的な繋がりを深く感じることができるのではと、また、一概に都会に墓地がなければならない理由もないな〜と、私は思っています




   


ふるさとに、お墓をつくりませんか?
高知の郷里で、嶺北の自然と、のんびり暮らすのもいいですよ


新着トラックバック/コメント


カレンダ
2006年7月
            1
         

アーカイブ
2006年 (40)
5月 (6)
6月 (14)
7月 (9)
8月 (5)
9月 (2)
10月 (1)
11月 (2)
12月 (1)
2007年 (15)
1月 (2)
2月 (1)
3月 (2)
4月 (1)
5月 (1)
6月 (1)
8月 (2)
9月 (1)
10月 (2)
12月 (2)
2008年 (11)
1月 (5)
2月 (3)
3月 (2)
5月 (1)

アクセスカウンタ
今日:7
昨日:88
累計:50,060